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>>山小屋日和<<

里山を憧れていましたが実際は人里離れた山間の小さな小屋。そんな山小屋で週末は社会から離れ山暮らしをエンジョイしています。
8 novembre

2009.11.8

 
キヨシローの動画を埋め込みました。
 
motherとかカバー曲がまたとても素晴らしい。
 
闘病中にも歌い続けているこの凄さ。
 
歌うことを選んだキヨシロー。
 
完治しても声が出なくなることを良しとしなかったのでしょう。
 
たぶんそういうことだったのだと思う。
 
新井田耕造が後でドラムをたたいてます。
 
チャボもギター弾いてます。
 
厚見玲衣がキーボードを。
 
ここにホーンユニットのブルーデイホーンズが入ったらもうRCサクセションの再編成です。
 
実はそういうのもありそうだったのです。
 
完全復活ライブなんかはまさにそう。
 
この映像はあのジョンとヨーコのオノ・ヨーコさんがキヨシローに出演依頼したジョン・レノンの追悼コンサートのものです。
 
2007年12月の武道館でのライブ。
 
90年代はRC的な部分を自ら遠くにしてきていた感じがしていましたが2000年代は回帰していく・・・。
 
新生RCサクセションが聞けたのではないでしょうか?
 
 
 
 
 
 
24 octobre

瑞牆山十一面岩2009.10.24

 
1986年の10月再び十一面岩を訪ねました。
1985年春に訪ねたときに打ちひしがれた心で下山した大岩壁です。
以前にも何回か紹介いたしましたが瑞牆山のクライミングの集大成になった年です。
現在たくさんラインがトレースされているみたいですが最近のルートはわかりません。
今回は少し整理できた写真から集大成となった写真を公開することができました。
この年以降は冬に山歩きをしたりとこの山や奥秩父の山達とのお付き合いは長く続きました。
瑞牆山荘のご主人の飼われていたワン公が僕のクライミングシューズを加えて逃げて家に郵送してもらった事件とかあったりして、
それからしばらく交流がありました。
今もお元気でいらっしゃるでしょうか。
長くお会いしていません。
 
さて当時のクライミングは3人パーティーで写真をしっかり撮ることができました。
そしてクライミングの実力も5.11をいくつかトレースをしている仲間です。
5本のルートを登りました。
フリーのルートの他、人口登攀のルートもしっかりと登り劔岳のチンネを登ったときのような充実感がありました。
 
韮崎から黒森を経て東へ林道を進んでいきます。
 
天鳥川から見た瑞牆山の夕焼けです。
 
初日は1985年の春のようなことにならないように少しずつランクアップしていこうといことでまず「調和の幻想」からクライミングをすることに。
 
十一面岩末端壁のこの威圧感は今も当時のことを思い出します。
 
南に目を向けると南アルプスの山々が見えます。
一番高いピークが甲斐駒ケ岳です。
もううっすらと雪が被っています。
ところでこの写真で山全域近く錦秋に輝いていることがわかるかと思います。
植林がないのです。
まさに奥秩父は原生林の宝庫だと言うことがわかるかと思います。
日本の原生林はわずか18%だという事実。
植林は人の手を加えた森林なので人が手を加えなくなった現在荒れ果てているという事実。
ブナの保水量に比べスギやヒノキの保水量はブナの10分の1だという事実。
そりゃあ台風来たら簡単に土砂崩れが起きるのは当然のこと。
 
クマが山里に出たからといって簡単に銃で撃ち殺したりする・・・。
どちらがえげつないことをしているか・・・。
自然との共存って報道されているようなきれいなものだけではないということ。
多少クマが出ても認容できる倫理観を持たないと自然との共存ってあり得ないと思います。
こう言うところがポーランドやドイツと自然に対する日本との倫理観が異なっています。
シカやイノシシは増える一方、原生林の樹皮をかじりいまや瀕死の状況。
生態系の頂点種が必要な日本の自然。
健全でない生態系には簡単に外来種が入り込む隙が生じてくる。
 
話が脱線しましたが・・・。
 
   
左が調和の幻想の1ピッチ目。
ワイドクラックから30メートルくらい登りテラスヘ(5.9)。
 
2ピッチ目、右がコーナーに走るクラックを登ります(5.8)。
 
 
 
3ピッチ目(5.9)。
4ピッチ目(5.10a)。
木登りしてフレークからクラックにトラバース。
 
  
ここら辺からかなりの絶景になってきます。
右が大ヤスリ岩。
「ハイピークルート」とかなかなか素晴らしいルートがあります。
 
南アルプス北部の山々もばっちり見えます。
二つ高いピークが見えると思いますが左が日本第二位の高峰北岳(3192.4m)。
右が先ほどの甲斐駒ケ岳(2967m)。
この二つの山にも思い出が多くあります。
冬の甲斐駒ケ岳黄蓮谷左股のクライミングとか氷瀑と雪壁の大ルートでした。
滑滝沢とか篠沢七条瀑のクライミングとか思い出深いです。
 
またまた脱線いたしましたが・・・、
5ピッチ目、スラブにボルトが打たれてありそこでクリップ。
ルーフのようなところをレイバック気味にクライミング(5.8)。
前回も登っていたのでこのルートはあっさりとトレースできました。
 
なかなかの高度感でしょう。
エアートリップしている雰囲気が爽快です。
この爽快感は瑞牆でしか味わえないですね。
気持ちE~。
 
この後、1ピッチ目終了点まで懸垂下降し、5.11の「T&T」を登る。
15mくらいの短いルートですがなかなか難しいラインです。
フィンガージャムの効かしにくいラインですがここも前回トレースしていたのでバッチリ。
 
この後、正面璧右岩稜(4ピッチ)のラインをトレース。
本来はここから10mほど下降して白熊フェースを登るのですが時間切れで下降しました。
 
2日目は正面璧のメインルート春一番ルートを登りました。
10ピッチくらいのⅥ+A1の人口登攀ルート。
燕返しの大洞穴の右側から白熊フェースを登ります。
左側にモアイフェースというイースター島のモアイそっくりなフェースがあります。
 
3日目、いよいよ1985年のリベンジです。
「ペガサスルート」。
5.10dと5.11bの2ピッチの全く休める隙のないラインです。
1ピッチ目のスタートライン。
ここでもう3mくらい登っていますので1本フレンズをクリップ。
 
  
やはりこの前傾壁の後へ引っ張られるような力をうまく分散させることが登り切れるかどうかの決め手になります。
  
1ピッチ目をクリアー。
 クライミングロープが垂直です。
どれだけ前傾した壁かがわかると思います。
2ピッチ目、せまいチムニー上のテラスでセルフビレイをきっちりと取り、2ピッチ目へ。
こういう場所でのロープの扱いが非常に神経を使います。
 
    
2ピッチ目サイズの悪いフィンガージャムから必死にはき出されるところをうまく堪えフレンズをクリップ。
相変わらず前傾壁が続き少しずつワイドクラックになってきます。
フィンガージャムとハンドジャムの間の中途半端なサイズのクラックにジャムがうまく決めることができずフォール。
かなりパンプアップした上腕を少し休め再度トライ。
何とかジャムを決めて一気に悪いサイズのクラックを登りハンドジャムのかかるところでフレンズをクリップ。
クリップして直前に再度フォール。
墜落すると前傾している壁なので元のところへ戻るのに一苦労します。
確保してもらっているビレイヤーにロープをたぐり寄せてもらってもう一度登りなおします。
効きの悪いサイズのハンドジャムを登り最後はワイドクラックになって30mくらいで登り切れる。
頭の中はもう真っ白になっていました。
やっと登った、、、きついライン。
名張の「スネークマン」より2ランクぐらい上かな?
自分自身のクライミング人生で最高のラインの一つ。
 
最高、最高。
 
ペガサスルートを登り、午前は終了。
あとの二人はまだ登るとか言って、左にあるアストロドーム(5.11b)を登ってしまった。
僕はもうパス。
ペガサスルートを2ピッチリードさせていただいたので十分でした。
 
これで僕の十一面岩のクライミングは一区切りしました。
 
瑞牆山は思い出に残る山です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
18 octobre

2009.10.18

 
また日本の音楽界の礎を築き上げてきた方がこの世を去りました。
 
ガキの頃、よく歌っていた「帰ってきた酔っぱらい」。
 
「イムジン河」は社会に疑問を投げかけてきました。
 
高校時代、グラムロック調のバンド「サディスティック・ミカ・バンド」の斬新なイメージを垣間見ました。
 
2006年、三代目ミカとしてボーカルに木村カエラさんを加え、新生サディスティック・ミカ(エラ)・バンドが復活。
 
それ以降どんなアルバムが出るのかと待ち望んでいた矢先の寂しい報道。
 
今年は本当に日本のロックを支えてきた人たちが去っていく寂しい年です。
 
加藤和彦さんのご冥福をお祈りしたいと思います。
12 octobre

2009.10.12 涼しくなりました

 
台風の去ったあと涼しい日々が続いています。
もうマックスも7歳、段々とお昼寝の時間が長くなってきました。
人で言うと45歳くらいでしょうか。
少しかわいいポーズを・・・。
 
少しそのポーズ恥ずかしいよ。
女性らしくしないと・・・。
眠たいモンね、仕方ないね~。
 
こういう凛々しい顔をしているときもあります。
北アメリカの厳しい寒さの中で育ったネコだもんね。
たまにはこういう姿もあることをみんなにわかってもらわないとね。
 
けど涼しくて良い季節はいつも眠たいね;笑)
 
*****************************************
 
今日は台風のあとで山小屋に行ってみましたら案の定・・・。
建物は無事だったものの山から流れ出た水が植えた木を舐め取っていきました。
ブナやヤマボウシなど大きな木は大丈夫でしたがドウダンツツジとか小さなものは土砂で流されたり埋まってしまったり。
仕方がないことです。
また少しずつ復旧していこうかと思っています。
そんな中でたわわに実った3葉アケビの実がこんなにできました。
紫色のサツマイモのような形がかわいい。
5葉アケビより半月くらい遅いですね。
 
ツバキとシャクナゲのあるところは流されませんでした。
とりあえずは少し水害に遭いましたがホッとしています。
 
 
 
*********************ps********************
 
この曲は清志郎のラブソングトップ3に入るくらいのすばらしい歌です。
4分の1がラブソング、4分の1が風俗っぽい歌、4分の1が反体制の歌、後その他って言う感じです。
情景がたっぷりと浮かぶようないろんな詞を書ける人ですね、そんなところが清志郎の魅力でしょうか。
メンフィスで録音、黒人コーラスがバックに入ったまさにゴスペルなラブソングです。
 
 
4 octobre

2009.10.4 中秋の名月2009.10.3

 
 
今年も昨年同様、大神神社(おおみわじんじゃ)の観月祭に寄せていただきました。
秋の夜長、ゆったりとした時間を過ごしました。
日常の慌ただしさを少し忘れて・・・。
 
過去にも何度か紹介していますがこの神社は出雲大社とともに日本最古の神社として知られています。
本殿がなく拝殿よりご神体である三輪山を祀るという極めてプリミティブな形式を継承しています。
 
大きな神社には麺がつきもの。
出雲のそば、伊勢のうどん、そして此処、三輪のそうめん。
神社前にあるそうめんやさんに入りました。
 
長そうめんと柿の葉寿司を注文。
 
 観月祭のための灯がやわらかにひかります。
 
 祀られている大物主神はヘビの化身とされ、水の神と敬われています。
この神社の北側に箸墓古墳という歴史上重要な女王が眠るお墓ではないかといわれている古墳もあります。
大物主とは縁があったのでは?
 
 拝殿のほうに向かうと灯籠に灯りがつき始めています。
 
 
 一つ一つにこのように歌が詠まれています。
 
灯籠の展示がされています。
昨年もされていました。
 スイレンかハスの花でしょうか?
穏やかな心にされる光です。
 
 風神でしょうか、これは少し恐いですね。
目覚めに見たら本当に目が覚めてしまいそう。
 
 いろいろな灯籠が展示されています。
 
 灯りが全て灯されました。
もうすぐ観月祭が始まります。
厚い雲に覆われていますがお月様は見ることができるでしょうか。
 
 
 
 観月祭の雅楽や舞の行われる舞台です。
祈祷殿の右上に中秋の名月が出ます。
 
 
 
 周辺も暗くなってきました。
お月様は雲に隠れています。
 
 
舞がいよいよ始まりました。
失われそうで失われていない何かが面々と続いているように感じます。 
 
 
 
 
  絶対的なものを信じる文化ではなく自然全体にそれぞれの生命を感じることができたのでしょう。
 
  
私たちヒトは自然の営みを少々忘れてきているのではないでしょうか。
ヒトも心を2000年くらい前に回帰してみてはどうでしょう。
大切な何かを失い、置き忘れてきている現在。
 
 お月様が出てきました。
「ウォウウォウー」
 
いつから月を愛でる文化が生まれたのでしょうね。
 
 中秋の時期はサトイモの収穫がされる時期でその収穫に感謝するところからお月見がされたとか・・・。
いずれにせよ秋は収穫の時期、その収穫を喜ぶ風習が各地であったようです。
宮司さんのお話です。
 
雲に隠れていたお月様がきれいに見ることができました。
 
 燈火に導かれて家路につきます。
 
よいお月見ができました。
 
 
 
23 septembre

2004年の実生

 
2004年花の充実していた頃に受粉させた実生がようやく花蕾を二株つけました。
玉之浦と三宅紫の交配をさせてきました。
いろいろと文献を読んでいると玉之浦のきれいな覆輪は赤花との交配では出ないという記載があり、交配は白花とさせるのが良いらしいです。
紅紫色にピンク覆輪とかできればいいのですが・・・。
花蕾の形から一重っぽい感じがします。
とんがって比較的今の時期に大きな花蕾になるのは大体一重が多い。
これは玉之浦。
これを母樹に三宅紫を受粉。
この白覆輪が淡いピンクにならないかナーと思ってます。
 
これが玉之浦を母樹に三宅紫を受粉した株です。
 
 
さてもう一つは越の麗人の実生。
 
なかなかの美花です。
実は自然実生で意識的に受粉をさせたのではないのですが下の写真のように花蕾をつけています。
 
これもどんな花が咲くのやら・・・。
なんとなく一重っぽい花蕾です。
葉も少したわんだ感じで親株の特徴を引き継いでます。
 
他に玉之浦と白花の九十九玉波の交配させたものもありますがまだ花蕾はついてません。
 
受粉も花期が異なるために花粉を取っては冷凍庫に保管してってな具合にけっこう面倒なところがありますがやりだすとなかなかおもしろいものです。
毎年したいと思うのですが限られたスペースで、木も充実している時期でないとなかなか受粉もできないのが現状です。
 
購入した玉之浦を八重咲きにしたような友の浦とかラッパ咲きの白覆輪、珊瑚礁も花蕾をつけているので楽しみです。
期待していたまほろばや大社紫は花蕾をつけませんでした。
 
三宅紫と紫の色素(デルフィニジン)を含有するホンコンツバキと交配してできた4株は順調に育っています。
あと三年先くらいになりますがどんな花が咲くのか楽しみです。
 
今年は玉之浦、有楽の挿し木をしました。
 
干し物ができないと、かみさんからクレームをつけられている今日この頃です。
 
21 septembre

2009.9.21 収穫

 
一息ついて今日は秋の収穫。
昨年収穫できなかったアケビがたわわに実ってます。
 
 
種だらけなんですが何とも言えない甘味がなかな野趣な感じです。
 
ヤマボウシもたくさん実を付けたので食味を・・・。
少しアボガドのような油っぽい舌触り。
なかなか甘くてこれもいける味です。
 
こんなにたくさん取れました。
これは5葉アケビ。
3葉アケビはまだ少しあとの収穫になりそうです。
 
3葉と5葉は熟す時期が少し異なります。
まだしばらく秋の収穫を楽しめそうです。
 
 
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さて9月5日と6日とで原宿に行ったとき浅草も寄ってみました。
6割が外人さん。
寅さんが好きで一度は浅草に行ってみたいと思っていましたが人、人、人で・・・
もうそれだけでいろいろと見ようと思う意欲がなくなってしまいとりあえず・・・
雷門は写真に収めました。
某電気会社の方が贈呈したそうで全くそういうことは知らないままで過ごしていました。
 
風神さま
 
雷神さま
 
 
 
ゆっくりと浅草寺も見て回りたかったのですが人混みに疲労困憊。
 
浅草の有名な天ぷら屋さんで定食を食べました。
お店の名前忘れました;汗)。。。
 
味の違いかやっぱり関西風味のお出汁の方がおいしいように思いました。
まあこれは生活圏の違いによるもので仕方がないですね。
 
そう思いつつもやはり大阪の味は「うまい」と思うのは勝手な思いこみでしょうか。
 
 
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9月20日民放FM53社が1時から3時まで一斉に清志郎の特番をしました。
清志郎といろいろな面で確執の大きかったFM東京も・・・です。
良かった。
チャボもいつまでも清志郎のこと思い続けていることがよくわかりましたよ。
 
清志郎の歌は大学時代に知り、マーク・ボランがストーンズにいるみたいな感じを持っていました。
しかしボーカルはゴリゴリとしたrhythm&blues。
少しイロモノっぽく見られ偏見の目で見られることも多かっただろうと思うのですがストレートに飛び込んでくる言葉とリズムはやはり強烈なインパクトがありました。
1曲聴けばグイグイ引き込まれていく魅力が彼の歌にはありました。
座標軸で言えば決して商業ベースに乗ってこない歌。
だけど確実に現在、日本のロックのベースになっている歌が清志郎から発信されていることは確かなように思います。
レコードで持っていたアルバムもデジタルリマスター版として次々と発売されてきており少しほしいな~と思いました。
これからも聞き続けていきたいと思うし、聞きたくなるであろう清志郎のボーカルと歌。
落ち込んだとき、頭に来ることがあったとき、寂しいとき、少なからず彼の歌で励まされてきたことは確かだ。
いつまでも聞くだろうなぁ~。
 
 
この曲は1980年RHAPSODYというアルバムのデジタルリマスター版で当時のライブが全て収録されています。
ロック色の強いアルバムですが小川銀次の流れるようなリードギター、ボーカルに絡むような梅津和時のサックス。
独特なリズムを刻むチャボのギター。
アナログでは針が飛んでしまうような臨場感がデジタルリマスター版では再現されています。
30年近く経った今も決して古さを感じさせないRCのライブです。
そして10年後のこのアルバムからロックバンドへの道へ大きく変わっていきました。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
6 septembre

2009.9.5 個展

 
ラフォーレ原宿で開催されている個展「忌野清志郎の世界」を見にはるばる大阪から東京の原宿までなんと一泊二日というすごい企画で行ってきました。
 
清志郎は絵画やスケッチなど音楽だけではなく多彩な才能を発揮しています。
 
すごい人混みで疲れたまま中に入ったので感動より疲労感の方が大きかった感じがしました。
 
 
しかし、今帰ってきて、行って良かったと思います。
 
ステージの衣装なども展示されていましたがとても華奢な人だったんだと改めて感じました。
 
しかし、ビリビリ帯電したようなラフでタフでそれでいて良く通るあの声がどこから出るのか・・・。
 
来ている人たちは若い人たちたくさんいましたが僕たちと同世代の人たちも多かった。
 
今日はモンスター都市、東京の人混みでへばりましたので次回続きを・・・。
 
 
24 août

選挙

 
もうすぐ選挙。
各党それぞれ政策を訴えているけれど、今起きている脅威に対して何も具体的な政策を訴えない。
 
インフルエンザパンデミック。
真っ先に今、対応をしていかなければならない政策だと思うのだが・・・。
 
不思議な国。
 
これから先、数年続くであろう流行。
トリインフルエンザのH5型など、まだまだ驚異は続く。
インドネシアではトリインフルエンザのH5型やH7型と現インフルエンザとの混合感染の報告も相当数あるようだ。
インフルエンザはどんどん変異していく。
季節性のインフルエンザでさえ毎年株が変わっていくんだから全く未知のウイルスが出現するのはそう遠くない未来。
たぶん2年とか3年とかのほんのわずかな未来だと思う。
今、流行しているブタインフルエンザも半年経てば抗原性は相当変化しているはずだ。
 
選挙演説を聞いていても、テレビを見ていても現実とはかなりかけ離れた話しばかりされているように思ってしまう。
 
タミフルのストックは相当量あるそうだ。
定額給付金を配布するくらいなら国民みんなに20カプセルのタミフルを配布し、
自己責任において国民一人一人が医療機関に相談をして内服することを可能としておくような政策の方がよほど良いと思うのは私だけだろうか。
 
現在使用されている抗インフルエンザ薬も作用メカニズムはノイラミニダーゼ阻害というメカニズム。
インフルエンザウイルスが耐性や抵抗性を獲得してきており、これから将来このメカニズムの抗インフルエンザ薬は多かれ少なかれ抵抗性を持つようになってくることが予想される。
交差耐性のないポリメラーゼ阻害をする物質も研究されてきている。
その他HA接着阻害をする物質やアンチセンスRNAなども研究されているようだが相当先になる見込みだ。
 
ワクチンも一人一人が有用性とリスクをしっかり判断し、自己責任を持って接種することが必要だと思う。
新三種混合ワクチンの時のような髄膜炎騒ぎで現在も麻疹(はしか)がくすぶりながら流行している国は医療の進んだ国では日本だけ。
あまりにもリスクばかり取りざたされた結果だ。
麻疹も大人が感染すれば死亡率が非常に高い感染症であることを認識しておかなければいけない。
一人のワクチンを受けなかった人のために、結果、大勢の人にうつしてしまう。
一人一人がリスクと有用性をしっかりと判断していかなければいけないですね。
 
 
 
 
 
16 août

2009.8.16 1985年の春

 
1985年の春の思い出です。
 
5.10d、5.11aあたりのグレードのルートが安定して登れるようになってきていた時代の痛い思い出。
 
クライミングシーズンに入って、名張、香落渓の岩場も久しぶりとはいえ、体が良く動き、ビンビンに登れました。
 
 
 
 
「3時」というルート。
グレードは5.10d。
そのほか「お上手」5.10d、や「Fox Cry」5.11aなども登れ、G.W.はどこ行こうという話しになり、
みんなは、といっても5人ですが小川山行こうよ、と言う中、僕は小川山もう毎回行っているから違うエリアに行きたいなァ~と思い、
「瑞牆(みずがき)、行けヘン?もし登れんでも小川山も近いし」ってなことで強引に決めてしまいました。
瑞牆山の十一面岩(といちめんいわ)に行きたかったのです。
ただクライミング雑誌などを見ていると全般的に難しくルートが長い。
ビッチリ40m2ピッチあるので大変なルートが多いな、という印象をみんなが持っていました。
結局、小川山へ行くグループと瑞牆山へ行くグループに分かれて小川山で最終的に会おうということに決まりました。
 
右側が十一面岩。
十一面岩から右へ小ヤスリ岩、大ヤスリ岩。
過去にも紹介しましたが、岩塔を累々と積んだようなこの山容は相当異質です。
十一面岩は正面壁と左岩稜末端壁というエリアに分けることができます。
登りたいルートは末端壁にあります。
 
小川山同様、この山の岩塔群にもフリークライミングのビッグルートがトレースされだしました。
ただ何故かわからないけれど隣の小川山ほど盛況ではありませんでした。
やっぱり全般的にきついルートが多いというのが印象です。
 
脱線しましたが1985年体調も非常に良かったので最初からビッグルートねらいで5.11bのペガサスルートに取り付きました。
これが大きな誤算であり、非常に自分自身、打ちひしがされたルートでもありました。
2ピッチほぼ80mビッチリのルートです。
1ピッチめが5.10d、2ピッチめが5.11b。
通常クライミングロープ(ザイル)は40mですが僕は50mロープを使っていました。
50m使う人と半々くらいでしょうか。
今までに見たこともないのしかかるような前傾璧。
黒部の大岩壁群や劔のチンネとか北岳バットレスとかそういうのとは異質な感覚。
 
1ピッチめ、100度は十分ある前傾壁が最初から始まります。
ハンドジャムもきっちり決まらない不安定、strenuousなクライミング。
 
左、ハンドジャムと足が決まり、レストをとれる。
垂れているロープが垂直。
この前傾壁が写真からもわかるかと思います。
まさにエアートリップ。
張り気味の前腕をここで回復させ、一気に1ピッチを登り切ります。
予想以上のルートや^^;。。。
こんな前傾壁はじめての経験。
 
2ピッチめ、最初から前傾の懸かりの悪いフィンガージャム、相当悪い。
 
最初から苦戦。
 
1時間ほどあがいた末、諦め降りました。
 
他のルート見ても末端壁みんな難しいルートばかり。
 
そんな中、5ピッチある「調和の幻想」Ⅵ級を登り、1ピッチ登ったところにある途中の「T&T」5.11aを登る。
 
やはり末端壁は難しい・・・と意気消沈。
 
正面璧も登りに行こうかと思いましたが、人口登攀の道具を持ってこなかった。
 
人口登攀とはアブミを使ったり、ピトン(ハーケン)打ったり、ボルト打ったりして人工的に足場とか作って登る登攀を言います。
 
1日登ってなんだか精神的に消沈して相棒が「小川山行かヘン」って言いだし、「そうしようか」っと軟弱なパーティーは十一面岩をあとに、下山しました。
 
しかしものすごく心の中にはくすぶるものがあってそれからこの山とは長くつきあうことになりました。
 
 
 
そのあと小川山では簡単なルートをたくさん登り、(その中でもそれなりに難しいルートもあった)消沈した気分をスッキリ解消。
 
                                                                             「さよなら百恵ちゃん」ルート5.8                                                   「風花」ルート5.8
「愛情物語」5.8
 
 
「カサブランカ」 5.10b
 
 
「キビタキ」5.10c
 それなりに難しいルートですが20mあるかないかの短いルート。
 
瑞牆山のあと登ったのでどんなルートだったかあまり覚えてません。
それほど瑞牆山は強烈な印象が残りました。
今でもルートを思い出せるくらいです。
 
とりあえず小川山はキャピキャピした感覚でクライミングができます。
1ピッチの短いルートが多いからけっこうお気楽って言うか・・・。
 
 
十一面岩のルートの難しさは何か?
ズバリ、前傾壁。
ルーフとかは香落渓や小川山のルートで何本かは登った経験がありましたが、
壁全体が前傾していて長いクラックルートを登ったことがなかった、、、というのが当時の率直な気持ちだったでしょう。
 
ペガサスルートは1986年秋再度訪ねることになります。
このときは末端壁のほか、正面壁のルートを4本ばかり登りました。
 
 
 
次回、瑞牆山特集を再び。。。
 
瑞牆山のルートのグレード当てにならん感じがしました。
 
同じグレードでも小川山より相当辛口。
 
少し写真を整理できてきましたのでいろいろと思い出すことがありましたので・・・。
 
 
 
 

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